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熊野学研究センターの失敗の歴史 3 小辺路は熊野記念館が初めて調査した

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 熊野学センターについてあんまりいいことを書いていなかったがここでいいことも書いておこう。いわゆる熊野参詣道、世界遺産に登録されているのは中辺路、大辺路小辺路、奥駈道、伊勢路となっているが、その昔はあんまりはっきりしておらず、だいたいは今言うところの中辺路のことを言っていた。田辺から本宮まで行く、院政時代に平安貴族が頻繁に行ったその道である。何回も話題に出している「歴史の道調査報告書」の第一弾、『熊野参詣道とその周辺』でもそのへんの事情はおなじで、こんな風に書いている。

熊野参詣道というと、一般に熊野へ向かっての道筋を考えがちである。参詣に行くということからいえば、そう考えるのが当然のようである。しかしそう考えたのでは、具体的にどこからどこまでを参詣道とするかという段になって行き詰まる。

(略)

しかしこれは熊野に向かっての道を考えようとするところに起点の問題が起こるのであって、ここで考えを変えて逆に熊野に起点を置いて考えれば、終点についてはさほど問題にしなくてすむのではなかろうか。

 そのような感じなので和歌山県教育委員会が最初に出した『歴史の道調査報告書(I) 熊野参詣道とその周辺』では小辺路はほとんど言及されていない。「熊野古道」の概念図があるのだが、そこに「高野道」として描かれているのは熊野街道でも龍神を通るもので、のちに龍神街道として扱われる道だ。まぁそもそも熊野古道自体が地域振興のために発掘された道なのだから具体的にどこかなどということはそんなに重要ではないかもしれない。山中の古街道など日本中にいくらでもあるが山より他に何もないところの道が観光資源に変化することは大きい。

 そのような状況ではあったが、報告書がでた同年昭和54年(1974)の末には田辺の方の郷土雑誌に小辺路を紹介する文が載った。玉置善春「埋もれた熊野参詣道 -近世の『小辺路』の諸相-」だ。そこで概略の地図が示され、歴史の道調査報告書が粗忽にしていた道を正したのだった。その後、昭和56年(1981)の『高野山参詣道2』、昭和57年(1982)の『龍神街道』、『修験の道』では小辺路としてそのルートが紹介はされた。しかしその後、和歌山県教育委員会でこの道が歴史の道調査報告書で出されることはなく、昭和58年(1983)の『河川交通及び海路交通』が出て、和歌山の歴史の道調査報告書は打ちどめとなった。

 小辺路が調査されなかった最大の原因はそのルートのほとんどが奈良県を通ることだろう。ひょっとしたら『熊野参詣道とその周辺』でほぼ直線の小辺路が地図にのらず、「高野道」として龍神経由の道が示されていたのもそのせいかもしれない。今でも歴史街道などは県別でパンフレットを作っているくらいだからそのころなら当然よその県のことに手を出せなかったのだろう。

 ちょうどいいところにいたのが熊野記念館のために結成された熊野記念館資料収集委員会である。昭和60年(1985)から一年半かけて小辺路を調査した。なにせ熊野記念館資料収集委員会は新宮周辺の歴史と自然の専門家を集めたものだから一気に全線踏破するようなことはできない。昭和62年(1987)1月に『熊野古道 小辺路調査報告書』を出した。これが小辺路を本格的に調査した最初のものとなる。体裁は「歴史の道調査報告書」に倣っているが、最後に座談会的なものがのっているあたりまた新宮らしいゆるさを見せている。自然部会も参加したのがおもしろい点かもしれない。

 この報告書が出ると、関西方面からの反響が大きかったようだ。今まで知られていなかった高野山から熊野への道の最初の報告書であることに加え、高野山までは南海が通っているくらいだから関西方面からのアクセスは抜群なこと、田辺から歩く中辺路よりも距離も短くハイキングしやすい。というあたりがその理由なのだろう。しかも小辺路ルートはその後さらに林道建設で破壊が進んでいるからこの報告書によってのみうかがいしれる状況などもある。

 その後、奈良県教育委員会による小辺路の調査報告書が平成14年(2002)に出た。これは世界遺産登録を念頭に置いたもののようだったが、それでもやはり奈良県内に調査が限定されている。県の壁は高いらしい。その調査報告書の中では熊野記念館資料収集委員会による報告書の評価は高く、

「ほとんど唯一の調査報告書」であって、今回の奈良県教育委員会の調査でもこの達成に依拠し、改訂増補を試みることにした

 と書かれているほどである。瀬古潔市長の熊野記念館は箱としてはいまだにできあがってはいないものの、業績は確実に残しているようだ。

 ちなみに海路書院の歴史の道調査報告書集成でも最初に出たのは和歌山をあつかった巻だ。一巻に全部収まっていて便利。

近畿地方の歴史の道〈4〉奈良1 (歴史の道調査報告書集成)

近畿地方の歴史の道〈4〉奈良1 (歴史の道調査報告書集成)

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