メモ@inudaisho

君見ずや出版 / 興味次第の調べ物置き場

先週の台風のときの土石流と崩落個所

 先週京都に降りてる間に台風が来ていたが、うちの横にある谷川で土石流が発生し、南の家が床上浸水して大変だったようだ。そんなことが起こっていたとは露とも知らず、土曜くらいになってから手伝いに行ったのであまり役には立てなかった。

 そこでどういう土石流が起こったのか裏山の谷を見にいったのでその写真でも上げたい。

f:id:inudaisho:20180829132101j:plain

 ここが溢れた水路の現場を上から撮ったところだ。普段はたいした水量ではないのでそれほど広い水路ではなかったところへ土石流が下り、道路と交差するところで詰まって土砂が蓄積、左側の家へ流れたという具合である。重機が入ってある程度撤去した跡の写真なので災害発生当時の状態より減っているがそこそこ深かった水路が完全に埋まっている。

f:id:inudaisho:20180829130250j:plain

 これは裏の谷にある砂防ダムの上から撮った写真だが、流れ残りの丸太がそのまま残っている。この水路が現場へやや曲りながらつづいている。

f:id:inudaisho:20180829131159j:plain

 砂防ダムの上はこんな感じで満杯になりつつあるが、今回の土砂は多かったようで一面新しい土砂で埋まっていて踏みいれると足が呑まれ、迂闊に歩けない。

f:id:inudaisho:20180829131533j:plain

 その上には二段の低い砂防ダムがある。案外土砂は少ないが、ある高さまで泥の痕跡があるので土石流が流れたのがわかる。倒木は数年前の豪雨のときにはいっぱいあった。

f:id:inudaisho:20180829133000j:plain

 上の段のダムには倒木がつまっている。しかし朽ちた倒木だけではなく、青々した葉のついた木も混っているので、立木が地面ごと崩れた、つまり崩落してここまで落ちてきたということがわかる。

f:id:inudaisho:20180829133249j:plain

 そこから谷沿いに泥のあとをたどりながら登っていくとある崩落個所がこれ。谷の上の尾根面から谷底まで一気に崩落したことがわかる。

f:id:inudaisho:20180829133617j:plain

 もうすこし上にも小さい崩落個所があり、そこから大きい崩落個所の方向を撮ったのがこれ。木で隠れてよく見えないが、谷が曲がった先の明るいところが大規模に崩落している。親によると50数年前の伊勢湾台風とかなんとか台風とかで崩落した場所もそのあたりだったらしい。そのときの土石流は今砂防ダムのあるあたりの下で詰まり、今回被災した家のさらに南側の家の方へ水が流れたという。

f:id:inudaisho:20180829142017p:plain

 かなりいいかげんな地図を描くとこんな具合になる。太い緑が山の筋。赤い四角が被災した家だが、このあたり一帯がこの水路の土砂でできた扇状地になっている。しかし現実に地形をみると、南北の谷Aがまずあり、その昔はこの画像の上の方向へ谷Aの水が流れていたとおもわれる。谷Bはそこへ流れこんでいたが(というよりもほぼ空の谷なのだが)、おそらく大規模崩落して谷Aを切り、扇状地を作ったものだと考えられる。今回崩落したのは谷Bと谷Aの間のかたまりの一部なので、さらにそのかたまりが崩落する可能性もある。こういう谷は崩落→谷が深くなる→さらに崩落というサイクルがある。砂防ダムというのはそのサイクルがひどくならないようにするためのもので、砂防ダムを設置しておくと崩落すればするほど傾斜がゆるやかになり、やがて崩落しなくなるという原理だ。しかし、この谷A谷Bに関していうと、現在の流路に砂防ダムを設置したので谷が嵩上げされ、完全に埋まってしまうと今度は谷Aの本来の流路の方へ戻る可能性がある。その場合うちの隣の家とうちが被害を被ることになるがそうなる日も案外遠くない気がする。

 ということで過去の地形を探るために蔵の中にあったはずの享保年間のこのあたりの絵図を探してみたがなくなっていた。10年くらい前に泥棒に一回入られてるから適当に選んで盗まれてるのかもな。入ってみたら大した物がなかったので適当に値打ちがありそうなものを盗んだだけかもしれないが、土地の絵図なんてのはそこにあってこそ意味のあるものでよそに持っていったらただのゴミだ。まぁなくなったものはしかたない。ひょっとしたら場所を間違えてるのかもしれないが。

実験で学ぶ土砂災害

実験で学ぶ土砂災害

地すべり山くずれの実際: 地形地質から土砂災害まで

地すべり山くずれの実際: 地形地質から土砂災害まで