メモ@inudaisho

君見ずや出版 / 興味次第の調べ物置き場

学生をつかって自分の業績を褒めたたえる

坂田聡の学生は坂田の業績を褒めたたえる

 坂田聡の学生は何か書くたびに坂田の名前を引用してその業績を褒めそやす。まぁ師匠の研究が規範になるのはしかたないのかな。ここでは 春田直紀編『中世地下文書の世界』勉誠出版 2017 におさめられた 熱田順「偽文書作成の意義と効力 -丹波国山国荘を事例に-」 をとりあげる。

「三箇条吉書」

 熱田順の小論は坂田の偽文書論の延長上に「三箇条吉書」を置いたものだ。三箇条吉書というのは領主が歳首改元などの折に出す三箇条の文書で、「おまつりやるよ/農耕にはげみ堤防を固めよ/年貢は払ってね」 みたいなことが書いてあるらしいんだが、今残る三箇条吉書の一部は偽作されたものという指摘はなかなかおもしろい。ところでこの小論の構成だが、(一)「山国の三箇条吉書」として、その存在を示し、(二)でその様式を検討して矛盾点を示し、(三)で他地域の三箇条吉書との比較でそのような矛盾はありえないことを示している。なるほど。まぁ構成としてはわかりやすいのだがわかりにくいのが行文だ。

極論は控えなければならないが、少なくともC・Dについては、中世文書の様式についての知識が乏しい者によって作成された可能性を視野に入れるべきではないだろうか。

 これは坂田聡の攻撃的かつくどい作文の悪い癖を学生も継承したようだ。何が極論なのか?控えているのか?その後ろの文章は必要なのか?実はこの前に示されている文で意は満たされている。

以上の二点はいずれも中世文書の様式に大きく関わるものであり、かかる根本的な誤記を含む三箇条吉書が、禁裏から複数回にわたって下されたとは考えがたい。

 普通はこれで十分で、さらにくどくど言う必要はなく、さらっと(三)につなげて自分の言う「中世文書の様式」とやらが他地域の文書からも裏付けできることを早く証明した方がよい。「おれは中世文書の様式に詳しいんだ」みたいなことを書いても「ほんまか?」と思うだけだ。

 まぁつまり極論は控えなければならないが、瑕疵をみつけるとそこを徹底的に叩き、ついでに自分の知識を誇示しようとするのが坂田スタイルであり、それを学生も継承しているようである。

先行研究の紹介部分

 最初に熱田小論の核心部を紹介したが、その前の先行研究の紹介部分に触れてみると、まず仲村研・網野善彦にふれて、偽文書への関心はたかまっているものの、「前述した由緒形成との関連という点に至っては、網野の提起以降、あまり深められていない」と書く。そしていきなりこんなふうに書きだす。

このような状況にあって注目されるのが、近年の坂田聡による研究である。坂田は従来の近世由緒論が近世後期の関東周辺地域の分析に偏っていることを指摘した上で、丹波国山国荘に残存する、百姓身分の作成によると思しき複数の偽文書および由緒書を分析し、それらが、近世の山論(山野の用益をめぐる村同士の争い)の場面や、荘内の上層百姓等が自らの特権的地位を正当化する際に利用されていたことを明らかにした。

 「極論は控えなければならないが」はここに挿入するべき文言だよな。まるで坂田一人でやったような仕事のように書いてある。ちなみにこの先行研究紹介部分、 実は坂田の作文の要約である。『禁裏領山国荘』2009、坂田聡『家と村社会の成立』2011 にのせてる坂田の「由緒書と偽文書」の冒頭部を要約したらこうなる。ただし熱田は坂田のようにくどくどと先行研究を紹介し、さらにその紹介と自分の考えの境界がわからないようにして作文の内容を水増ししていくスタイルは継承しなかったようだ。

 前に紹介したように、山国の由緒書の検討に着手したのは1996年の西尾正仁の修士論文であり、この論文は坂田の作文でもしきりに引用されている。熱田の紹介するような、山争論や特権的地位の正当化に由緒書が使われた事を最初に詳しく検討したのは西尾である。坂田の作文は西尾正仁の修士論文の補論でしかない。また黒田地域が主体的に由緒書の改造をしたというアイデアは、さらに奥の大布施地域が山国の由緒を応用して自地域に都合のいい由緒を作成していることを竹田聴洲が既に紹介しているので(『近世村落と村社会の成立』第一章第三節)、特に目新しいわけではない。坂田は中央大学の教授で科研費代表という地位を利用して西尾を科研費研究に形だけ参加させ、『禁裏領山国荘』2009では西尾の研究の核心部を坂田が奪って「由緒書と偽文書」を書き、西尾にはその前座として由緒書の変遷を書かせるだけにした。つまりこの『中世地下文書の世界』2017で坂田の成果だと誇らしげに書いているものは本来西尾正仁が得るべき場所なのだ。西尾は文書に触れずにその修論を書いたので、実地にある文書群を見ることができればもっと研究を深化できただろうが、それを坂田が山国荘の調査をやっているという地位を利用して横取りしただけである。しかもそれから十数年もやってるなら横取りしたものだといってもそれなりに深化しているはずだが、そうでもないところがミソだな。

意識構造とやら

 さて言いたいことは書いたのであとは熱田の小論の「おわりに」を見てみよう。

本稿では、山国の地下文書に含まれる複数の三箇条吉書に注目し、その多くが後世に偽作された可能性の極めて高いこと、そして、そこから明らかにされる同地域の人々の意識構造について論じてきた。

 意識構造? すごいね。どんな構造? その前の段落のまとめ部分をみるとこんなことが書いてある。

このように、山国地域では自らの特権性を主張するために由緒書が繰り返し作成されてきたが、その多くに綸旨や三箇条吉書といった禁裏との関連を示す文書が引用されている。この点にこそ、中世後期という激動の時代を経て形成された、禁裏との結び付きにアイデンティティを見出す同地域の人々の意識構造を看取することができる。

 「構造」って必要? 「意識構造」って書いてるのを全部「意識」に置換しても通じるよな。ちなみにこのあたり、言いたいことは「禁裏との結び付き」だけである。なんかもうちょっとないのかね。この小論の最後の部分は「たいしたこと言ってないのにたいした事言ってるように見せかけるテクニック」で充満している。たとえば上で引用したような内容を「おわりに」の項で「提示部」「箇条書きで論旨まとめ」「作者の思い」とひきのばして何度も何度も書きやがるので読んでる方の脳味噌が腐りそうになる。このあたりはさすが坂田直伝というところだろう。

博士号取得前

 ちなみに熱田順は2018年11月前後に博士論文の審査があったらしい。

 中央大学の中世日本史なんかに進んでしまって先生のいいなりにもの書いたばっかりにネットで揶揄されるようになって可哀想ではあるが博士過程のくせに先行研究も押さえられないなら自業自得だな。まぁもっとも、先生にたてつくような生意気な人間がこういう研究室で生きていけるのか知らないのでなんとも言えない。

国宝阿呆―人類初の世界遺産?

国宝阿呆―人類初の世界遺産?

息子はアホやあらへん―坂田利夫の母、語り下ろし (女のココロとカラダシリーズ)

息子はアホやあらへん―坂田利夫の母、語り下ろし (女のココロとカラダシリーズ)