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君見ずや出版 / 興味次第の調べ物置き場

成果の少ない科研費研究のごまかし方

2012-2015年度の坂田聡科研費研究

 2012-2015年度の中央大学教授坂田聡科研費研究は「16~19世紀大堰川上・中流域地域社会の構造と変容に関する研究」というものだ。

kaken.nii.ac.jp

 概要には

本研究においては、京都府大堰川上・中流地域、具体的には丹波山城国境の広河原(京都市左京区)から黒田・山国・周山(以上京都市右京区)、日吉・園部・八木(以上南丹市)、さらには亀岡市域にかけての広域的な地域をフィールドにとり、16世紀~19世紀という長いスパンで通時代的な考察を試みることによって、当該地域社会の内部における個別の村どうしの関係の実態及びその変容、当該地域社会の内部における個々の村々の共通点と差異及びその変容、個々の村のレベルを超えた当該地域社会全体の構造的つながりの実態及びその変容―という諸問題の解明を目指す。そして、時代ごとに分断されている地域社会論の統一的な把握を試みる。

 とあり、案外おもしろそうである。実際に実現できてるなら。 坂田聡は空疎な作文の分野では一流なので、これもその類であろう。実際には彼自身はこの科研費で何の成果もあげれていない。「研究成果報告書」をみればわかる。

https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-24320130/24320130seika.pdf

2011-2015 は高校の校長をやっていた

 成果を挙げれていないときめつけているが、その原因ははっきりしている。2011年から2015年にかけて高校の校長を兼務していたのだ。

ir.c.chuo-u.ac.jp

 ここにある通り、中央大学杉並高等学校長を 2011/04から2015/03にかけて兼務している。中央大学はどうか知らないが、最近の大学の教授は雑務に追われて研究の時間がとりづらいのが普通と聞く。なぜわざわざ高校の校長を兼務したのだろうか。そしてなぜ兼務した上で科研費研究の代表になってるのだろうか。科研費はチョロいということかな? 金を握る事即ち権力を握ることなので手放せないということかな? そのへんはちょっと調べてわかるものではないのでさておき、成果がたいして挙がらなかった場合どうごまかすのかを中央大学教授坂田聡の手口から学んでいこう。

ごまかし方

1. 他の科研費の成果で水増し

 成果の中に図書として坂田聡・吉岡拓『民衆と天皇』2014 がある。これは前にも紹介、というか一連のエントリの発端のようなものだが、吉岡拓はこのために別の科研費をとっている。

kaken.nii.ac.jp

 そもそもこの『民衆と天皇』は吉岡担当の近代部分を除けば『禁裏領山国荘』2009 の個々の研究を適当に要約したようなものなので、過去の科研費研究の成果の還元の一部なわけだ。前に指摘したようにそれぞれの範囲外のことについては非常に雑なので、吉岡自身が勉強もかねて適当に要約しても大して変わらないとおもわれるがどうしてそうしなかったのかわからん。(吉岡の事務能力は高いので吉岡に要約作らせた方がいいものできそう。史家としては何でも天皇に短絡的に繋げるのでアレだが)

2. 過去の資産を流用

 継続してやっていることなので、過去の調査の成果を今回の調査の成果にしてしまうというのは簡単にできる。たとえば過去の調査で作った文書目録を今回の成果と偽っている。1 で例にあげたのもこの資産流用だが、他にも過去の調査で得た文書を子分に翻刻させて中央大学の雑誌にのせている。この坂田聡の「山国荘調査団」の成果の還元のやりかたはひどく、初期の調査対象だった黒田村の古文書はマイクロフィルムを当時の京都府立総合資料館に寄贈し公開をまかせることを「成果の還元」と吹聴した。『丹波国黒田村史料』や自治体が出している地方誌のように翻刻して出版してくれたらありがたいのだがそういうことはちっともしない。たぶん自分が『丹波国山国荘史料』や『丹波国黒田村史料』を駆使して成果を出したので、軽々しく人に渡して成果を出させるわけにはいかないということだろうね。今回のように成果が出にくい時に保険としてちょっとづつ出していくわけだ。

 ちなみに吉岡のように他で科研費とってこの科研費研究に参加している東大史料編纂所の人は静岡の古書店に出た丹波の大谷村の文書の研究をしたのだが、2014年には翻刻したものを出してるしそれを他の科研費研究の成果として重複させたりしていない。やっぱりできる研究者は手が綺麗だね。わざわざ偽装する必要がないということだろう。(ただし架蔵されている場所が限られている)

3. 正直に書いて次に期待をもたせる

 1、2の方法で成果を水増ししても、核心部はごまかしづらい。ということでそこは正直に書く。

個別の研究テーマに関する研究が当初の予定通りにほぼ進展したのに対し、それを総合して、大堰川上・中流における個々の村々の共通点と差異、及びその歴史的変容、当該地域社会全体の構造的なつながりの実態、及びその歴史的な変容を解明するという、本研究のセールスポイントに関しては、最終年度(平成27年度)に一定の見通しを提示したものの、残念ながら十分には解明しきれなかった。

 どう見ても大風呂敷だよね。見通し甘いんじゃないの?と、言われそうな文章だが、これに続けてこう書いてごまかす。

この残された課題に関しては、現時点においても研究を継続中であり、最終的には、現在、刊行に向けての準備を進めている、本研究の成果をとりまとめた論集(『地域社会の構造と変容』高志書院)において、明確な結論を出す予定である。

 他の科研費をみても、出版予定と書くところはある。準備を進めていると書いているからそのうち出るんだろうと思うのが普通だ。ところが2019年の今になっても出ていない。国会図書館で検索すると1995年前後にそういうタイトルの本が中央大学から出ている。またそのころ中世日本史の分野でそのタイトルで議論がされたことがわかるので、大雑把な研究目標にあう大雑把な題目をつけてごまかしただけということになる。中央大学の定年まであと数年なので、バレても怖くないというところかもしれない。

4. 実績報告では予定と過去の実績を混ぜる

 毎年の実績報告をみると毎年何をやっていたのかわかる。どうも年に二回だけ京都まで出張して調査するというスタイルらしいんだが、たとえば亀岡班は何をやっていたのかよくわからない。2012年度の研究概要では亀岡班をつくったとあるが、達成度のところでは、「本格的な調査を実施できる段階に至っていない」と書いてある。どっちやねん。亀岡についての言及は2014年度の実績報告で消える。2014年度からはどの地域という言及がなくなり分野で班が記述される。

 また河原林家文書と江口家文書が何度も出てくるが、これは同志社人文研がもっていたもので、河原林家文書は目録も作られており人文研に寄贈されているから全容は既に明らかなはずだ。後半では文書が膨大と繰り返し書くようになるんだが、そのわりに年二回しか調査に行っていない。もともとこの坂田聡の山国荘調査団は「狭く深く」がモットーだったがそれは東京みたいな僻遠の地から京都までたった年二回あわせて一週間程度で調査するには広く手を広げられないからだろう。しかしそれだと今の研究水準で通用するような成果があがらないということが今ごろになって見えてきたのであわてて手を広げたのはいいものの、見積がおいつかない。そこで実績報告では過去の実績とこれからの見積と現在の実績がいりまじって混乱したものになったのだろう。

5. 冊子体の報告書は出さない

 冊子体の報告書がでていない。実はこの前の科研費研究から冊子体の報告書は出ていない。

kaken.nii.ac.jp

 ここでも出していないのだが、「研究成果報告書」のpdfをみると、

なお、本研究において調査を行った古文書は膨大な量に及ぶが、山国神社文書、山国護国神社文書、旧鳥居村鳥居家文書、旧鳥居村辻家文書、旧塔村高室家文書、旧広河原村廣瀬家文書に関しては、仮文書目録を作成した。目下、正式な文書目録を作成すべく、鋭意作業中である。

 とあるので、文書が膨大で大変と言いつのるのも、やるやる詐欺でごまかすのもこのころからのようだ。科研費ってチョロいな~

6. 予定は書きっぱなしでいい

 3で紹介したが、『地域社会の構造と変容』のように、成果を出版すると書いておいてもすぐに出す必要はない。科研費は誰も成果を真面目に検証していないから書きっぱなしでいいんだろう。もしくはお仲間には甘く外部には厳しいということか。5で紹介した報告書をみると、5で引用した「文書目録」も一部は公開されていない(冊子体の報告書を出していないのだから当然)のだが、他にも

仮文書目録をもとにして作成した、本研究に関わる史料に仮データベースについても、今後、データの再確認作業と加除修正の作業を行った上で、近い将来に公表する予定である。

 とあるがそのような気配はまったくない。『禁裏領山国荘』にデータベースを作っている人の文章があるが、仕事が忙しくて放置してありおいおいつくっていくと書いてある。どうせ公表するつもりがないのなら、近い将来に公表するなんて書かねばよいのではないか。しかし、科研費研究の成果の報告としては穴埋めにちょうどいいということだろう。

7. 新聞などで成果を宣伝

 要は今まで書いてた『天皇と由緒』の件も山国神社の地図の記事の件も、坂田聡科研費研究の成果がこの期間非常に少なかったからアピールの必要があって無理に作った話題なのだ。新聞屋も深いところまでつっこまないし、京都は共産党の強いところだから、共産党に親和性のつよい先生が話題を持ちこんだら体裁よく宣伝してくれるというところなんだろう。

科研費と歴史の研究はそりがあわないところがあるが

 なんでも研究はそうだが、特に哲史文の分野は蓄積がものをいうところがあって、要領よくやるだけではおいつかない面もある。科研費みたいに年度を区切ってそれで成果を出すことを迫られるというのは結構つらいものだ。

 とはいっても、そういう一般論で坂田聡を弁護できるわけでもない。つらいからといって偽装ばかりしていると偽装しないと続かなくなる。そもそも、東京みたいな遠いところから年二回の調査で京都の山奥を調べるという要領のよさそうなことをやってる時点でおかしいし、そんな状態で高校の校長を兼務するというのもおかしい。ポイントだけ調べて要領よくたちまわっていたのが、歴史を長くやるうちに歴史の沼にひきづりこまれてボロが出てきたということだろう。ジェンダーとか家とかの、恣意的なデータで頭を空回りさせて寝言だけ言ってれば済む分野の社会学者に転向してればよかったのに間の悪いことだ。

科研費採択に向けた効果的なアプローチ

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