メモ@inudaisho

君見ずや出版 / 興味次第の調べ物置き場

熊野学研究センター

熊野学研究センターの失敗の歴史 4 田辺の熊野歴史博物館運動

いわゆる熊野地方には二つの中心都市がある。西の田辺、東の新宮だ。しかし、新宮にはてらいもなく「熊野の都」と公の出版物に書いてしまうほど熊野であることに自信があるのに対し、田辺は若干腰の引けたところがある。というのはだいたい熊野=近世の牟婁郡…

大浜レクリエーションの森はいつできた?

新宮の海岸線は王子ヶ浜というが、その北側を大浜というらしい。そこに松林があり、レクリエーションの森という看板が出ている。 レクリエーションというからこれも瀬古市長のころの新熊野林間リクレーション構想関係なのかとおもって調べたらすこしちがった…

熊野学研究センターの失敗の歴史 3 小辺路は熊野記念館が初めて調査した

熊野学センターについてあんまりいいことを書いていなかったがここでいいことも書いておこう。いわゆる熊野参詣道、世界遺産に登録されているのは中辺路、大辺路、小辺路、奥駈道、伊勢路となっているが、その昔はあんまりはっきりしておらず、だいたいは今…

新熊野林間レクリエーションエリアの現在

新宮のあたりをうろちょろしているが、毎夜車中泊で生活している。三菱のEKワゴン(新型の方)は車内はかなり快適にできているのだが、車中泊のことまでは考えて設計されていない。平っぽくははなるがデコボコしていたり傾いていたりするのでどうしても変な姿…

熊野学研究センター失敗の歴史 2 梅原猛と熊野学研究センター(仮称)

熊野記念館計画からみくまの総合資料館計画へ さて瀬古潔市長の遺産である熊野記念館であるが、昭和58年(1978)の市長交替後の財政事情で取り止めになり、市政50周年を飾れなかったということは書いた。翌年新宮の長期総合計画にいれていつかは建設することと…

熊野学研究センターの失敗の歴史 1 瀬古潔市長の熊野記念館構想

熊野学研究センターの建設延期 新宮市立図書館が新しく文化複合施設の一部として建てられる土地の発掘調査で中世の港湾「新宮津」なんていうレアなものが出土してしまい、その複合施設からとりあえず熊野学センターなるものをとりあえずなくす方向で調整する…