メモ@inudaisho

君見ずや出版 / 興味次第の調べ物置き場

新宮市

富士の本宮・新宮から熊野の本宮・新宮を解釈する

熊野を離れて伊勢にしばらくいたが図書館の休日(月曜)になったので移動することにし、寸又峡温泉・梅ヶ島温泉という硫黄泉がどんなものか知るために伊勢湾の対岸まで移動した。ついでに大学のときの知り合いとメシでも食うために静岡に寄ったのだが、そのと…

新宮の徐福と中華人民共和国

(2019/03/29 戦前戦中のあたりのことについて若干わかったので追記した) 今年は明治150年とかでいろいろイベントがあるが、50年前の昭和43年(1968)には明治100年を祝っていた。そのころお隣の中国は文化大革命(以下「文革」とも略す)のピークで、国中が大混…

大石誠之助とカースト制 その2

(20180531 浜畑栄造についてはっきりしたのでそのあたりの記述を書き換え ) (20180528 沖浦和光のくだりをもっとはっきり書いた) さて今日も新宮市立図書館の郷土資料室に行ってタイトルの件についてもっと調べたので書く。 新宮市立図書館が出している熊野…

大石誠之助とカースト制 その1

(20180526 ちゃんと調べたので書きなおした 20180527 その2を書いたのでタイトルも改めた) なぜか新宮市は大逆事件で死刑にされた大石誠之助を今年になって名誉市民にした。新宮市のことを調べているとちょっとネジの緩みかたがひどいのでやっていることにい…

大浜レクリエーションの森はいつできた?

新宮の海岸線は王子ヶ浜というが、その北側を大浜というらしい。そこに松林があり、レクリエーションの森という看板が出ている。 レクリエーションというからこれも瀬古市長のころの新熊野林間リクレーション構想関係なのかとおもって調べたらすこしちがった…

熊野学研究センターの失敗の歴史 3 小辺路は熊野記念館が初めて調査した

inudaisho.hatenablog.com 熊野学センターについてあんまりいいことを書いていなかったがここでいいことも書いておこう。いわゆる熊野参詣道、世界遺産に登録されているのは中辺路、大辺路、小辺路、奥駈道、伊勢路となっているが、その昔はあんまりはっきり…

新熊野林間レクリエーションエリアの現在

新宮のあたりをうろちょろしているが、毎夜車中泊で生活している。三菱のEKワゴン(新型の方)は車内はかなり快適にできているのだが、車中泊のことまでは考えて設計されていない。平っぽくははなるがデコボコしていたり傾いていたりするのでどうしても変な姿…

熊野学研究センター失敗の歴史 2 梅原猛と熊野学研究センター(仮称)

これの続編です inudaisho.hatenablog.com 熊野記念館計画からみくまの総合資料館計画へ 梅原猛 と 熊野学研究センター(仮称) 新宮への誘致とみくまの総合資料館計画の止揚 佐藤春陽市長時代 熊野古道の世界遺産登録 熊野川町との合併 国際熊野学会の設立 そ…

熊野学研究センターの失敗の歴史 1 瀬古潔市長の熊野記念館構想

熊野学研究センターの建設延期 新宮 熊野古道(熊野参詣道) レクリエーションエリアの新宮 瀬古潔市長 の熊野記念館計画 その後の熊野記念館 おまけ 熊野学研究センターの建設延期 新宮市立図書館が新しく文化複合施設の一部として建てられる土地の発掘調査で…

新宮市立図書館の蔵書数推移

新宮市立図書館にずっと通って郷土資料を眺めているのだが、一般図書の開架はちょっと古くてあまり使う気にならない。どれくらい古いかというとまぁ自分が高校・大学くらいのころ(90年代)からあんまり進歩してないような感じにみえるくらいだ。平凡社の『大…