メモ@inudaisho

2017/06/24 はてなダイアリーから引越 / 君見ずや出版

足し算と戦後すぐのゆとり教育 寄せ算の消滅

 戦前の数学関係の本をみていてまず気付くことは、今足し算と普通に呼んでいるもののことを「寄せ算」と書いてあることだ。寄せるということから合計するというイメージのようだが、足すというのは言わなかったわけではない。たとえば加法九九というのがあってそこでは足すと読んでいる。足し算という呼び方がなかったわけでもなく、朝日新聞の過去記事のキーワード検索をすると大正の事例が一件でてくる。しかし一般にそう呼ぶ向きがあっても書面の上では寄せ算というのが主流であった。そのころの「足し算」は方言の一種だったのかもしれない。

 では足し算の + はどう読んでいたのかというと、「プラス」とか「加える」とか読みますと書いてある本があった。これも大正のころの数学の本。足すことについても「寄せる」と書いてあるのは普通にみかける。

 足し算を国会図書館デジタルコレクションで検索すると昭和16年(1941)が初出になる。それも数学そのものの本ではなくどっちかというと周辺の本である。数学・算数・算術関係は戦後しばらくも「寄せ算」が主流の時代が続くが、「足し算」は先ほどの昭和16年以降はそんなに珍しいものでもなくなる。ひょっとしてこのころの国粋化あるいは国民学校などと関係あるのかとおもったが、国民学校の『カズノホン』には寄算と明記してあるので違う。

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国民学校の教科書『カズノホン』の教師用冊子昭和16年(1941)

カズノホン. 教師用 第3 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 「寄せ算」が消滅したのはいつか。これははっきりしている。その前にタイトルにもした戦後のゆとり教育について書こう。足し算のことを調べるのに国会図書館デジタルコレクションで数学・算数・算術関係の本をザっとみたが、戦争中に契機があるのかとおもってみたがそうでもなさそうだった。それよりもみていて違和感があったのは、戦後になって算数の教育内容ががらりと変わり、初学である小学一年生などは数を数えるだけ、しかもモノでの数え方を覚えることになっていた。計算技法の一端を教えるわけでもないから、足し算と呼ぶこともなかったようだ。学校の先生はみんなが適当に出鱈目に教えているわけではなく、ある程度指導の方針と理論をもって教えているので、その方針をはずれたことはあまりないだろう。ちなみに昭和20年代の教育関係の本では寄せ算と書くのが一般的であった。もっといえば、正しくは「加減乗除」であって、寄せ算・足し算ではなく「加法」などと書くのが普通であった。寄せ算・足し算という呼び方はイメージ的には鶴亀算みたいな扱いだとおもえばよいのではなかろうか。

 この戦後直後のゆとり教育だが、ゆとりをもたせたトロい教育をやった結果、理解不十分な子供を大量生産してしまったらしく、新聞などにも算数の成績が戦前よりも悪くなったと書いてある。それをうけて昭和33年(1958)にやっと教育指導要領が改訂され、それまでよりも一二年早めのカリキュラムになった。たとえば小学二年生にかけ算の九九がきたのもこの昭和33年からである。

 どうもこの昭和33年の改訂のとき、子供の成績をよくするためということで内容の整理にも着手したらしい。その一環なのか、加法の呼び方の整理も行われたようで、寄せ算と足し算については足し算を主にするということになった。すなわち小学一年生の方に「たし算」、二年生の方に「たし算(よせ算)」と付記されるようになった。当時の文部省の官僚が指導要領の変更内容について対談の形で解説した本があったが、そこでは「足し算」だけが出てきて寄せ算はでてこない。ここで戦前からの寄せ算の呼び方は一掃されたようである。その後10年もたつと世間の呼び方も足し算に統一されるようになった。

 足し算の出所であるが、1 方言 2 併用されていたがより知られていなかった 3国粋主義 などの可能性の他に、共産党関係の可能性もある。たとえば青空文庫で検索すると宮本百合子中島敦しか出てこない。青空文庫は底本として昭和後半に出版された文庫本を使ってるのが多いのでこういう用途ではあまり信用できないが、ある程度の傾向はうかがえる。また国会図書館デジタルコレクションの検索で出てくる終戦後頃のものに社会運動関係の活動家のものがある。共産党は労働者への浸透工作のために、労働者の言葉で書く事をしていたくらいだから加法の呼び方の整理も一早くやっていて一家言持っていた可能性はある。ただしこれは可能性(正確にいうなら状況証拠からでっちあげた妄想)なのでうらづけはあまりない。ちなみに青空文庫で寄せ算を検索すると、もっと通俗的な作家の作品がでてくるので一般には寄せ算で通用していたとみてよかろう。

 ゆとり教育というとWikipediaゆとり教育の項目では狭義では2002年から、広義では1980年代から、ということになっている。

ゆとり教育 - Wikipedia

 しかし戦後すぐの算数のゆとり教育のことを考えると、ゆとりと詰めこみの間をゆれ動いていたんだろう。その事については指摘している人もいるので、たぶん「ゆとり教育詰め込み教育」というテーマで戦前からの教育通史のようなものが書けるとおもう。(誰かやればいい)

それでも、ゆとり教育は間違っていない

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反「ゆとり教育」奮戦記

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