メモ@inudaisho

君見ずや出版 / 興味次第の調べ物置き場

パキスタンのラホール

 2週間弱パキスタンのラホールのリーガルインターネットインという宿にいる。ATMで出した金が尽きる(現在の所持金164Rs宿代清算済)ので明日インドに戻るのだが、ラホール滞在中もそれほど観光しなかった。

 一応この写真の塀に囲まれている白い建物が目当てで行ったのだが、塀の中には入れなかった。これは19世紀前期北西インドにシク教国(またはシク帝国)をうちたてた Ranjit Singh の墓なのだが、シク教の寺(グルドワーラー)もあってシク教の施設となっている。イスラム教の国であるパキスタンの中では少数派ということで、やはり何かあっては困るのかシク教徒しか入れない。最近の地震でちょっと崩壊しつつあるらしいが放置されているそうだ。

 まぁもっともその19世紀前期のシク教国の時代にはムガール朝期のイスラム教の建築物は冷遇されてて、大きなモスクなどは兵舎に転用されたりヨーロッパ人将校の住まいになったりしていたらしい。第四代ムガール皇帝のジャハーンギール廟が郊外にあるが、ここの石なんかも剥されてシク教の聖地のアムリトサルなんかを飾るために持ち去られたりしたらしい。

 これはジャハーンギール廟にある大臣のアーサフ・ハーンの墓であるが表面にあった石なんかはキレイに剥がされてしまって芯のレンガが剥き出しになっている。ちなみにアーサフ・ハーンはジャハーンギールの妃ヌール・ジャハーンの弟で、シャー・ジャハーンの妃のムムターズ・マハル(タージマハルの主)の父親にあたるので、石が剥されていなければそれなりに見物であったろう。ジャハーンギール廟自体は結構きれいに残っているのだが、もともと地味なせいかもしれない。シャー・ジャハーンが金かけなかったのがよかったのかわるかったのか。シク教の第五代グルのグル・アルジュンを殺したのがジャハーンギールなのだが、そういうことを根に持つ人達なわりにはあっさりしているようにもみえる。

 インドに渡ってからよくわからん病気で寝込んだりしていた。腹は全く問題なかったのだが、ちょっとした傷が全然治らずどんどん悪化する一方だったので抗生物質を投入してなんとかした。それで腸内菌のバランスが崩れたのか、腹がゆるみだしてしまった。パキスタン滞在中に治るかとおもえば悪くなる一方であんまりよろしくない。それからパキスタン国内は外国人の宿泊なども制限されてあまり安い旅行ができなくなっている。パキスタンはゆるい国で結構自由な感じだったが、最近は悪い方向に自由になって治安も悪くなりつつあるらしい。シカルプルとかペシャーワルとか行きたいところはあったのだが、そんな具合でとにかくラホールにだけはりついてほとんど移動せずにおわってしまった。まぁ明日にはまた陸路インドにもどって今度はダラムサラあたりに本格的にひきこもるつもりだ。

 フルーツ盛り合わせ60Rs。こんなん食ってるから腹が悪くなるんだろうけどやめられへん