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正治二年官位次第の謎

正治二年官位次第

 京都の北の山国に「正治二年官位次第」という文書が残されている。要は由緒があるとされる名主家の名簿のようなものだが、翻刻されて『丹波国山国荘史料』(1958) の由緒書の部の冒頭に置かれているので、研究者がいじろうとするととりあえず言及してしまう。しかし、誰がみてもあやしいのでこれが偽文書であることは前提として話が進められている。

文化4年(1807)時点で既にあやしい

 しかし今見て怪しいものは昔見ても怪しいものであるということを示そう。同志社大学人文科学研究所の河原林文庫にある「山国名主旧例規矩改正書」文化4年(1807)の末尾に、「つくったから大事にとっておけ」とでも要約できる文章が書いてあるが、その中に「宝暦年中の撰伝集はおかしいところが多い、中でも正治二年の書記はひどいので使ってはいけない」とその前の名簿を非難している。河原林文庫本はそれが書かれた一葉自体が本文と異筆で追加されているのだが、その部分に続けて「古老惣代」たちの名前が書かれているので、破れたのを後から補ったのだろう。ただそのときの転記ミスが多いようでところどころ意味をなしておらず要約で示した。

 名主名簿と由緒が書かれたものは『古家撰伝集』弘化4年(1847)本の製本がよくできており一番多く残っているので由緒について云々する場合はこれをベースにされる事が多いが、実はその中で「文化年間の旧例規矩改正書は私意が多いので宝暦本に沿って新しいものを作った」という風に書いてある。だから今でも正治二年官位次第が云々されるのであろうが、要は由緒書なるものはそのときの都合と歴史感にあわせて作られた政治文書でもあるので、正治二年官位次第が一貫して支持されたわけでもないのである。

西尾正仁は室町時代後期に比定

 さて以前手放しで絶賛した西尾正仁の山国の由緒書研究であるが、それは由緒書を地方政治が反映されたものとして歴史的事件と繋げて考察した手法がすばらしい(本当にすばらしい!)というだけで、西尾氏の言ってること全てに従えるというわけではない。それはもちろん坂田聡が指摘したようなその根拠にした文書も偽文書というようなことではなく(それが西尾氏の業績を否定するようなものでないことは前書いた)、西尾氏は限られた山国の文書群をもとに立案したのでしかたなかろうという話だ。

 「正治二年官位次第」の作成年代についてだが、西尾氏はこれが「家伝編纂の根本資料」だったという観点から由緒書変遷の最初期(15世紀半ば~16世紀半ば)に置いた。西尾2013では「官位次第」については16世紀半ばとその期間の末尾に持ってきている。理由は宇津氏の名前がそこにあるからだが、それだと上限というだけだ。

上の原

(20191106 この項あんまり意味ないので消した)

政治的年代の確定

 また、西尾氏が示したように、政治的な事件や事柄がその動機だとすると、その年代もなにかしら政治的な事件を踏まえているのではないかという事になる。ただ、正治二年前後は特になにかありそうな年代ではない。

 では何が手掛かりになるかというと、意外かもしれないが偽文書がつかえる。竹田聴洲『近世村落の社寺と神仏習合』(1971、著作集4)では山国本郷以外で作成されたものとして『古家連党旧集記』『御杣使受領日記』の一部が紹介されているが、そこでは大布施地域が山国から分離して山城国に属した年として正保二年(1645)が挙げられている。つまりその年はエポックメイキングな年というわけだ。竹田聴洲もそこをわざわざ翻刻して載せてくれているということは、そこに意味を感じて材料として残しておいてくれたのだろう。つまりこの年を意識して正治二年の名簿を作ったのであれば、これ以降ということになる。なりたたないというのならなぜ「正治二年」なのかを示してもらいたい。実はこの件についてはまだちゃんと手もつけていないのだが、とりあえずさらに上限を慶安元年(1648)よりも後に下げれると思っている。いわゆる慶安元年の改記とおぼしきものが公開文書群の中にあり、そこに正治二年の事なんてどこにも書いてないからだ

(20191102追記) この記事の意味

(20191102追記) さてこの「重箱の隅」記事の意味は何か。この正治二年官位次第だが、坂田2014でも16世紀末~17世紀前半とどうしても16世紀に置きたいらしい。そもそも西尾氏は坂田の家論にあわせてその正治二年官位次第を由緒作成過程の先頭に置いている。つまりこういうのをつくったのは家意識の発露というわけで、だからこそ坂田の家論に合わせるとなるべく前の方に置かないといけない。でも自分は坂田の家論に話を合わせるつもりはないし、これを家意識の発露とかいうつもりもないので、無情にグっと下げてみたというわけです。一応史料的理由も書いた。

由緒・偽文書と地域社会―北河内を中心に

由緒・偽文書と地域社会―北河内を中心に

  • 作者:馬部隆弘
  • 発売日: 2019/02/28
  • メディア: 単行本